2013年4月10日水曜日

先送りの思考

 厚生年金の問題とAIJ事件を見ていると、自分が正しいと思い込んでしまうと、それを否定するような意見を受け入れるのは非常に難しいのだということに、改めて気づかされます。
 
 傍から見ると理解しがたいことですが、浅川被告は大真面目だったと思います。大真面目なだけに彼の主張はぶれません。しかし、客観的には、滑稽な姿にしか見えません。相変わらず、自分中心の考え方は改めることはできず、もう一度投資運用業をやりたいと漏らしているようです。あり得ない話ですが、彼には自分の姿がいまだに見えてないのでしょう。

 
 巨額の年金を消失させたAIJ浅川被告は、事件発覚後も運用利回りを水増し(粉飾)したことは認めても、決して騙したのではないとの主張を続けました。衆院の証人喚問でも繰り返された、「騙すつもりはない、良かれと思ってやった」の言葉。

 
 私は、おそらく彼の本心だろうと思っています。浅川被告の目標は、彼の言うように顧客を騙すことではなく、あくまでも厚生年金基金のために安定した運用利回りを提供することだったと思います。そのために、途中で運用がうまくいかなくても、「挽回できると信じた」架空の利回りを顧客に対して示し、営業を続けました。

 
 損失も取り返せると信じ、粉飾を続けた浅川被告と同じように、厚生官僚と御用学者は、国民のために「一生懸命」考え、「良かれと思って」粉飾を繰り返し、問題を「先送り」にしているのです。

 
 こうした先送り思考は何も彼らに限ったことではありません。日本全体に蔓延する国民病みたいなものです。悪いことに、やっている本人が大真面目な場合、問題は複雑さを増し、時間が経つに従って事態はとんでもないところまで行ってしまいます。