2013年2月7日木曜日

白川日銀総裁の苦悩

すっかり、悪玉に仕立て上げられた白川総裁であるが、引き際は意外と男らしかった。誰よりもデフレを克服したかったことは間違いないだろう。以下白川総裁の衆議院解散直前の講演の締めくくりである。全文を読まれることを強く推奨する。

物価安定のもとでの持続的成長に向けて
きさらぎ会における講演

日本銀行総裁 白川 方明
2012年11月12日

おわりに

「意識」や「気分」の問題に触れるために、私が最近いつも言及している事実をご紹介します。それは、金融危機前の2007年と現在の実質GDPの変化に関する国際比較です(図表23)。日本は欧州諸国と同様、現在も2007年の実質GDP水準を下回っています。一人当たりGDPでみると、米国を含め、主要国はリーマン・ショック前の2007年の水準を下回っていますが、落ち込み幅は日本が一番小さくなっています。そして、生産年齢人口一人当たりでは、米欧が危機前の水準を下回っているのに対し、日本は危機前の水準を上回っています。言い換えると、日本は生産年齢人口自体が減少しているため、一国としての成長率は低くなりがちですが、働く日本人の一人一人は、米欧を上回るペースで、付加価値の増加に貢献しています。このことは我々が過度の悲観論に陥るべきではないことを意味しています。しかし、同時に、我々が現状を放置し成長力強化の努力をしなかった場合には、日本経済は今後厳しい状態になることも意味しています。この先10年、20年という期間の平均的な成長率は潜在成長率に規定されます。潜在成長率は就業者数の伸びと就業者一人当たりの実質GDPの伸び率、すなわち、付加価値生産性の伸びに分解できます。足もとの男女別、年齢別の労働参加率を前提にすると、将来の就業者数の推移はかなり正確に計算できます。それによると、2010年代は-0.6%、2020年代は-0.8%と減少します。付加価値生産性については、2000年から2008年という比較的良好な時期をとると、+1.5%となります(図表24)。もちろん、付加価値生産性の引き上げの努力は必要ですが、キャッチアップ過程の終わった先進国経済について恒常的に2%とか、3%といった高い伸び率を期待することはできません。そのことを冷静に認識した上で、付加価値生産性を少しでも引き上げる努力と、労働参加率引き上げにより就業者数を増加させる努力の両方を続けていくことが重要です。

そうした努力の出発点は、今申し上げたような事実の冷静な認識と、日本経済の強みを認識することから生まれる前向きの気分を持つことです。日本経済は、世界のどの国もこれまで経験したことのない急激な少子高齢化という、強い逆風に直面していることは事実ですが、一方で、日本経済の有する強みが客観的に認識されていないようにも感じています。例えば、日本の場合、2000年代半ばに大規模な信用バブルが発生しなかったため、現在、企業の多くは健全なバランスシートを維持しており、金融機関の経営も安定しています。少なくとも「3つの過剰」の解消に追われた1990年代とは全く状況が異なり、成長力強化に取り組む財務基盤は整っています。さらに、わが国が、高齢化やエネルギー制約という世界共通の課題に最初に直面していることは、今後それらへの対応の面でも世界の先頭を走り、日本の存在感を高めていくチャンスだと捉えることもできます。いわゆるソフト・パワーも、決して無視できない日本の比較優位だと思います。先月48年振りに東京で開催されたIMF・世銀総会において、警備や会議運営を含め、日本のイベント運営能力の高さや優れたホスピタリティーを世界に改めて印象付けることができたのも、そうした力の表れだと感じました。

これら様々なプラスの側面にも目を向けながら、切迫感を持ちつつも悲観論には陥らず、日本全体の力を結集して、成長力の強化に真剣に取り組んでいくことが重要です。日本銀行としても、引き続き、デフレから早期に脱却し物価安定のもとでの持続的な経済成長の実現に向けて、中央銀行として最大限の努力を続けていきたいと考えています。