2012年12月19日水曜日

長期連載 なぜ日本の政策は迷走するのか-経済とはなんだ編①

政治は経済を相手にする。投資はマーケットを相手にする。
この2つには共通点がある。

政治も投資も相手にする経済やマーケットのパイが増えているときは、あまりたいしたノウハウがなくてもほとんどの人が成功するということだ。経済が成長していれば、多少いい加減な政策をやろうが、途中に中抜きの不純物が混じってようがが、多少非効率な仕組みがあろうが時間がすべてを解決する。

投資も右肩上がりの市場においては、評価損になっても粘っていればいずれ回復する。
73年の第1次オイルショックまでの高度成長時代には、イケイケどんどんの政策を取りさえすれば、それは必ず成果を生んだ。たとえ、最も洗練された方法ではなくても結果はついてきた。しかし、その後の約10年間は世界経済は石油高によるインフレ下での景気低迷に翻弄された。第2次大戦後の経済復興・成長を牽引してきた需要創出型ケインズ政策は見るも無残な結末を生んだ。残ったものはインフレと財政赤字であった。アメリカの双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)はみるみる膨らんでいった。その後、イギリスではサッチャー政権が、アメリカではレーガン政権が、減税・規制緩和を柱とする新自由主義・供給重視の政策をとり経済回復への道筋を付けた。政治を支える経済学の主流もケインズからマネタリズムへと変貌した。

その間日本は、効率的できめ細かい企業経営がエネルギー高を起因とするインフレの荒波を乗り切った。ジャパンアズナンバー1と日本的経営が世界中でもてはやされた。しかし、その間政治は何も変わらなかったのだ。変わるはずもない、自民党の長期政権が永遠と続いていたわけで、派閥間で政権をたらい回ししてきたに過ぎない。体に染み付いた成功体験は変わるはずがない。もはや人が入れ替わるのを待つしかないのかもしれないが、今回は自民党の圧勝でそんな成功体験おじさんまで返り咲いた。

ちょうどオイルショックが起こった1973年に奇しくも年金の大盤振る舞いが始まっている。この73年を年金学者は福祉元年と呼んでいる。今日の経済財政問題の原点は40年前の1973年にあるといってもいいだろう。この年に年金官僚は老後の福祉を充実させるために、とんでもない設計ミスを犯し、それに政治家が軽く乗った。おりしも高度経済成長の最終局面であったが、この経済成長が永遠に続くことを前提に、年金制度はこのとき途方もなく充実した。5年ごとの財政再計算という見直しのたびに給付の削減、掛金の引き上げが必要なことはこの時からわかっていたにもかかわらず、時間が経てばなんとかなるという考えで改正は強行された。パイが増え続けるという前提だけを頼りに、責任者不在のまま実行された政策がその後手を変え品を変え改悪されパッチワークを施されただけで今日に至っている。(この問題はまた、別途取り上げる必要があるだろう)